9月15日号
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| ラッキーを呼び込むお話 その3 |
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今日のお話は今から26年程前のお話です。な〜んだそんな古い話、これだから年寄りの話はイヤなんだ、と言わずに聞いて下さい。 当時私は開業3年目、22歳でした。事務所はJR中野のブロードウェイセンター2Fに移転しており、ある日25歳の若者が、この中で商売をしたいと来店したので、その予算では難しいと・・・そう言おうと思った時、同じ2Fで人が通らない所なら(通路の構造上そこは行き止まりに見えて通りにくい)1つあるけどとお話した所、人は通らなくてもいいです。(3千人以上の開業者に立地選定もしくは店舗の内装工事に携わらして頂きましたがこんなお客様は後にも先にも1人だけです。)そして若者はそこを借りる事になり、小予算の為、天井・壁・シャッター・シャッターの文字の色のみをお客様が選べる事を条件に、工事も当社で受注させて頂きました。しかし色は天井赤、壁赤、床青、シャッター赤、シャッターの文字黄色、なんだそりゃ〜?大丈夫かなこの人?同じフロアーで商売するのですから、かなり不安になったのを今でもはっきり覚えています。そして当社が工事をしている時、この若者が取った行動に私はかなり衝撃を受けました。1日中JR中野の北口メイン商店街サンモールを、体の前と後ろにダンボールを付けて「近日オープン○○○○○」と書いて歩いているではありませんか。いくら昭和50年代前半とはいえ、25歳の若者が取る行動としては、その根性には感服し、これは大きな商人になるかもと少し感じました。それから約20年、プール付きの家に住み、株式上場まで成し遂げるまでになるとは思いませんでしたが・・・。
〜今週のポイント〜
ここまでやるか、までやること |